北海道新聞夕刊掲載記事2006/02/21
私はかれこれ二十年以上も聞きほれ、慕い、愛してやまないアーティストがいる。
その名は「中島みゆき」。十代のころは、彼女の恋の歌にバケツ何杯分の涙を流したろう。二十代の時は、「ファイト」や「世情」など、社会の中の変わらぬ大きな力に対し声を上げることの大切さを歌った詩に、胸を熱くした。彼女の歌はどんなときも私に温かなタオルを差し出し「泣いていいんだよ」と言ってくれているように感じる。
コンサートへはもう何回行ったろう。入院していたころは夜八時までに戻らなければならず、それでも「一時間でもいいから」と外出許可を取り、チケットを握りしめて会場へ行った。そんな自分が懐かしい。今はもう時間を気にしなくていい。彼女の歌声に酔いしれて帰るその場所は、病院ではなく、私が私らしく暮らす温かな家だ。
何年前になるだろう。いつも以上にその日は心に残るコンサートだった。どんなアーティストのコンサートもそうなのだが、アンコールになるとみんな総立ちになるため、車いすの私の目の前は人、人、人しか見えなくなる。それまでは一曲一曲かみしめるように心も体も耳にして歌の世界を漂っていた私が、アンコールになった途端に目が覚めるのだ。「どうか誰も立ちませんように」との願いもむなしく、たくさんの拍手が鳴り響く中、私の夢の時間はそこで途切れる…。
けれどその日だけは、私の目の前の人たちだけ誰一人立とうとせず、私は初めてアンコールの場面を最後まで味わった。それが車いすに乗っている自分に対する配慮だったのか、今でもわからない。けれどもその光景は、コンサートホールという深くて暗い海の中で、人と人の心の結びつきにスポットライトが照らされているように私には見えたのだった。
(佐藤きみよ)